短歌つめあわせ

過去の短歌のつめあわせです

 

『虚ろというにはあまりに甘い』
もう明日はこないよみなの涙滴で今晩消えてしまう朝焼け
情念の入り江に彼は住んでおり迷子の夢をしずめてしまう
身勝手に消費されたいときもある自分の輪郭がわからない

『かつてわたしが手にしたように』
石英と雨を集めた薄青のヴェールを纏うプロスティテュート
口を閉じなさい少女が針で指をつく決まりの邪魔になるから
小部屋からちょうど五十歩喧騒が消える隙間にすずらんが居た

『超能力三首』
いとおしい目線のあとで吐息はずるい無自覚なパイロキネシス
ぱちん、指鳴らしアポートさっきまでなかったはずの愛惜が来る
あなたはエクトプラズムの使い手で鼓動を取りだしておどらせる

『鍵穴のなかのきらめき』
アストラル何やら星の動くときこぼれた銀でつくるストール
涙滴をあつめてひかるアトマイザー月が恋しい朝は手に取る
ねえ月の遠い夜だねぼくだけにさみしいと言うなら救いたい

 

やわらかな陽光_2020/12/19

 

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創作ができないときに言語化欲求をなんとかするためにはじめたブログだったが、気づいたら最後の更新から半年が経っていた。継続して読んでいるひともいないだろうからなにも困ることはない。

 

目を覚まして大学に行き、帰ってひたすら天井を見る生活に息苦しさを覚えたので、昨日まで金沢に小旅行に行っていた。さすが観光地というべきか歩いていて楽しい街だと感じた。(人間が多いのは仕方ない) なかでもいちばん気に入ったのは橋場町に流れている川だ。とくべつ綺麗というわけではなかったけれど、川沿いを男女が寂しげな顔で歩いていたり、ひとりで水に手を浸している20代前半くらいの男性がいたりしたのがよかった。音も言葉も流れていく。

 

旅行先で買ったものを結局人に渡せないことがよくある。今回は気をつけたい。

 

最近詩を書くことをほとんどしていない。こころが尖りきってしまうまえに自制がかかるか、あるいはすっかり気が滅入って動けなくなる。そのため短歌ばかり詠んでいて、今はそれでよいとも思っている。

 

日食なつこを聴きはじめた。気に入った『黒い天球儀』と『エピゴウネ』の2曲をリピートしている。ここ2日で数十回は聴いたように思う。

 

少しずつ地面に足がつかなくなっていく感覚がある。本当のことから目を逸らすことを悲惨だと言っておきながら自らそこに飛び込んでいくようなことはしたくないし、表れだけを追うようのも嫌だ。つらさに挨拶をして、そのあとで飲み込む。空っぽのボンボニエールにはなりたくない。

 

収穫の終わった畑にひとりすわっている。歌をうたう。種を蒔くことは必ずしも正解ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

190503日記

ひたすらさみしさを噛んでいる。安心はいつまでもやってこない、数ヶ月間焦り続けている、さみしいと言い続けている。

 

ソファで横になっていても美しい文を書けるわけではない。感傷それ自体はうつくしいかもしれないけれど、感傷をうつくしく見せるのは難しい。このあたりが器用ならもう少し生きやすかったかもしれない。

 

ぼくと同じ弱い人の中にも、愛されるのが得意な人がいる。FFが昨日「弱みを上手に見せられる人間は好かれる」というようなことを言っていたが、ぼくも実感としてそれがわかる。ぼくは上手くない。ただ重い。

 

蝶がぼくの胸から言葉を吸い上げる夢を見た。蝶は薄青と黄色に点滅して、ぼくが口にするよりずっと素敵に言葉を扱った。ぼくの言葉はぼく以外の声で完成すると言われた気がした。ぼくの詩はもしかしたら、リラの音色に似た女性の声で読まれてはじめて良いものになるのかもしれない。

 

 

 

 

190502日記

数時間の移動の最中、PatachouのDominoを何度も何度も聴いていた。たしかに太陽はまばゆく、心はオルゴールだったといえばそう言えるけれど、流れてくるのは晴天に似つかわしくないようなかなしい音だけだった。

 

ここ数ヶ月、過去のしあわせをよく思い出す。ときには苦しみをともなって、ときには暖かな木漏れ日と一緒に!これまで薄めてTwitterに少しずつ流していた感情が、ブログではちっとも希釈されない気がする。書きながらぼくは奥歯の裏側にひとつ違和感を覚えている。何か小さな種が張り付いているみたいに。こんな表現もほとんど自傷ではある。

 

ゆるしと安心を求めるだけのぼくに、求めるより先に与えるんだと言った人がいた。全くその通りだと思い続けている。ぼくが人に与えられるものってなんだろう?詩とか短歌とかかしら、それとももっと崇高なもの?わからない。少なくとも今ぼくがもっているものをすべて捧げたとしても誰かに何かを与えることにはならない気がする。

 

満たされたかったら痛みでもつらさでも選り好みせず飲み込んだ方がいい。空っぽの菓子箱ほど虚しいものはない。とにかく摂取する。

 

一生完成しない作品の習作を書き続けているような感覚に襲われる。ときどき挑戦的な生き方を試したくなって、結局消してしまうような。

 

とっくに刈り取られた畑をいつまでも見つめている。